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2018/2/25 -News-
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こんにちは。原嵜です。前回に引き続き、「鳥のはなし」ということで、私が一番好きなスズメの話をしようと思います。



私の家では、各々気の向いたときにスズメに米をやっているのですが、それを続けていたら常に期待した視線を浴びせてくるようになりました。

誰かが玄関を開ければどこからともなく舞ってきて、車庫やカーポートの上から見下ろしてそわそわとこちらを見ますし、出かけていた家族の車が戻ってくれば急いで郵便受けの上に陣取り始めチュンチュンと鳴きはじめ、私が自転車で外出から戻ってくれば米置き場にスタンバイをし始めます。10羽以上が一気に集まることもあり、その光景に圧倒されることしばしばです。
また、窓に近寄るとバタバタと落ち着きなく羽ばたきながらこちらを見つめていることがあり、「この家はスズメに監視されているのではないか?」と思ってしまうことがあります。

おそらくですが、スズメは人を認識できるのではないでしょうか。不思議なことに、家族以外の人が訪れたとき、帰る時には何の反応も示さないのです。姿が見えないどころか、鳴き声すら聞こえてきません。
そのようなことを考えていたら、三上修さんの『身近な鳥の生活図鑑』という本のコラムで、同じような話が書かれていました。

すずめを飼っているある夫婦の話では、奥さんと旦那さんで反応が全く違うようです。また、ある別の家庭の話では、毎朝すずめに餌をあげているお父さんだけにすずめが反応して、他の家族には無反応なのに、お父さんが窓際に近寄ると大騒ぎをするということもあるようです。

筆者は、「スズメは、人の姿、背格好、音などを用いて総合的に人を識別できるようである」と述べており、やはり私たちは「お米の人」として認識されていたのだなと大いにうなずきました。悪くない気分です。いつもより多くお米をあげたくなってきてしまいます。

そして、最後に、「スズメたちがこのような能力を持っているのは、集団で繁殖しているので、個体を認識する力が発達しているから、よく考えれば当たり前のことではないか」という旨のことが書かれているのを読み、なるほどなあと感心しました。今まで、だいぶスズメのことを見くびっていたかもしれません。
クルミの殻を道行く車を利用して割るカラスもいますし、人の言葉を話すオウムもいますし、伝書鳩として遠くの目的地に飛んでいける鳩もいますし、鳥は人が思っているよりも、よっぽど賢い生き物なのだなと感じます。そう考えると、「鳥頭」とはとても失礼な言葉であると思うものです。

【参考図書】
『身近な鳥の生活図鑑』:三上 修





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