
メスバウア分光の測定技術と応用
- 高温メスバウア分光装置
- 内部転換電子・X線メスバウア分光:表面近傍のメスバウア分光
- 一軸応力下のメスバウア分光装置
- ガス雰囲気高温メスバウア分光装置
- 顕微メスバウア分光装置(“鉄顕微鏡”)の開発
1 高温メスバウア分光装置
本研究室の主力装置で、第1号機はHahn-Meitner Institute,Berlinで1984年にδ-FeやβZr中のFe拡散を測定するために吉田, K.H.Steinmetz, G. Voglにより開発された。当時、メスバウア高温測定の世界記録1600℃を達成している。その後、吉田がWien大学に新たなメスバウア分光の実験室を開設した1986年に改良を行い第2号機は製作された。これにより、βZrNb中のFe拡散, AuやCu中のFeの短距離秩序やクラスタリング、またFeAl規則合金の拡散研究に利用された。本測定装置(図1)は第3号機で、1990年にBerlinで製作の後、静岡理工科大学に、1991年に設置された(詳細はMossbauer Spectroscopy の項の高温メスバウア分光の解説参照)。Labviewデータ収集システム、γ線に対する試料角度可変装置、キャリブレーション台製作など数々の改良を行い、3ヶ月以上に及ぶ1つの試料の測定を可能にしている。図2はTa試料ホルダーに固定した多結晶Si試料を高温測定炉にセットしたところで、2組のPtRh熱電対により試料温度測定を行っている。本装置により、Si中の微量Fe元素の透過吸収57Feメスバウア・スペクトルを10年以上に亘り休みなく測定を継続し続けている。測定温度範囲は室温から1600℃、真空度は測定中で10-6Paである。

図1 高温メスバウア分光装置全体と高温測定炉(Taヒートシールドと炉体)。
図2 Ta試料ホルダーに固定した多結晶Si試料、電気炉は硬質アルミナにMoワイヤーを巻いて通電加熱する。

図3 本装置で測定したFe透過吸収スペクトルの温度変化。PtRh熱電対のキャリブレーション。

2 内部転換電子メスバウア分光装置
メスバウアスペクトルの測定は通常実験室では57Feの親核である57Co線源(半減期270日)を用い、57Feを含む試料を吸収体として透過吸収スペクトルを線源のDoppler速度(エネルギーシフト)の関数として計測する。この時、14.4keVγ線は吸収体中の57Feで無反跳共鳴吸収(メスバウア効果)され、57Feは14.4keVの励起状態に遷移する。その後、100nsの寿命で基底状態に戻るがこのとき再び14.4keVγ線が無反跳共鳴放射されるか、または軌道電子にエネルギーを与えて電子が放出される(内部転換電子)。後者の過程の割合は57Feの場合90%以上で内部転換電子を計測すれば極めて高いS/Nでスペクトル測定が可能になる。しかも、透過法で得られる情報はγ線透過方向の試料厚さ全域であるのに対して、内部転換電子メスバウア分光法は試料表面近傍のみ、すなわち最大100nmまでの深さに分布する57Feからの情報は選択的に獲得できる。以下に、本研究室で利用している2つの異なる内部転換電子計測法、(1)平行平板アバランチカウンター法、(2)マイクロチャンネルプレート法を紹介しよう。

図4 メスバウア分光透過吸収実験の実験配置

2.1 平行平板アバランチカウンター(PPAC)
試料中の57Feが無反跳共鳴吸収の後に放出する内部転換電子を平行平板電極でガス増幅を利用して検出する。このために試料とグラファイト薄膜で形成する平行平板電極をアクリル容器内(図5)に固定し、計数ガスを30mb程度導入し、電極間に約800Vの電圧を印加する。内部転換電子に対する検出効率はほぼ100%で高いS/Nでのスペクトル測定が可能になる。ただ、試料は高い電場中に置かれることになるので、Si中の57Fe格子間原子のように電荷を有する場合には電場の効果がスペクトル計測結果に影響を及ぼす可能性がある。検出器の構造は極めて簡単であるので、PPACは自作可能である。ただ、図5のような封入型の検出器の場合には時間と共に計数ガスが電荷を蓄積し、検出効率が低下する傾向にある。一定のS/Nの計数が必要な場合にはガスフロータイプの検出器とすることも可能である。
このPPACはデンマークのaarhus大学のProf.G.Weyerが多くの仕事を残しており、鉄シリサイドの問題などこれまでに多くの報告がある。この検出器はHahn-Meitner Instituteや理研の線源が試料となる加速器実験(インビーム・メスバウア実験)では、検出器内部に57Feを富化したステンレススチール薄を吸収体として、高いバックグラウンド下の”メスバウア効果”のみに敏感な検出器として利用されている。

図5 平行平板アバランチカウンター(PPAC)の全体と平行電極(グラファイト+試料)の配置

図6 PPACの断面図と動作原理
図7はSi表面に57Feを左図が100nm、右図が10nm真空蒸着し、異なる熱処理を施した後、試料をPPACに組み込み室温で測定した内部転換電子メスバウア・スペクトルである。両方の試料ではSiと57Feの界面反応の結果様々なFe-Siが形成されるが、100nm蒸着試料はこの界面が試料表面から100nmの深さにあり、界面Fe-Si成分はほとんど見えず、αFe成分のみが873Kまでの熱処理で観測される。さらに、1173Kの熱処理では全ての57Feが常磁性Fe-Siに変化したことを示している。一方、10nm蒸着試料はαFe成分に加えて界面成分を含む全ての57Feが観測されている。内部転換電子メスバウア分光の検出深さが実際に100nm以下であることを実験的に検証した例となっている。
 
図7 100nm- 、10nm-57Fe on Si の蒸着後および熱処理後の内部転換電子メスバウア・スペクトル

2.2 マイクロチャンネルプレート(MCP)による内部転換電子メスバウア分光装置

図8 真空蒸着装置に結合したMCPメスバウア分光装置とMCP(右下図)
 
図9 MCPメスバウア分光装置で測定したα-57Fe
上述したPPACでは試料をひとつの電極とするまでに大気中で最低一晩は保持しなければならず、しかも測定中は高い電場にさらさなければならない。57Feを蒸着して作製する人工格子薄膜などではこれらの問題は深刻である。そこで、蒸着後、真空を破らずに測定でき、しかも試料自身を電極にする必要のないマイクロチャンネルプレート(MCP)を利用して内部転換電子メスバウア・スペクトル計測システムを開発した。

3 一軸応力下メスバウア分光装置
応力が物質に与える効果は、弾性・塑性変形、破壊、構造変態、誘起拡散等多種多様である。従来、応力下での物性研究は、応力・歪み曲線の測定が主で、電気抵抗測定やX線回折、光学顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、拡散係数測定等は行われているが、直接応力・歪み測定を行ないながら同時に他の物性を調べた例はない。本研究の目的は、世界で初めて一軸引張り応力下でメスバウア分光が可能な新しい装置を開発し、応力を系統的に変化させながら、応力により誘起される様々な現象を原子スケールでその場観察しようとする点にある。これにより、プローブ原子近傍の電子状態、格子歪み、格子振動、原子ジャンプそしてプローブ原子の短距離秩序度まで含めたミクロの情報を一軸引っ張り応力下で直接得ることができると期待される。
応力下で生成・成長するミクロ組織は全く異なることが知られており、応力下での相分離やマルテンサイト変態の核生成から成長、粗大化に至る変態過程を、非破壊でしかも原子スケールでその場観察できる実験手法を確立することは、極微細組織を制御した新しい材料を開発する上で極めて重要であろう。一方、物質科学の基礎研究の立場から、応力下でのミクロ組織の核生成・成長過程は、平衡状態から遠く離れた条件下に於ける非線型動力学系の一般問題としても最近注目されている。一軸引張り応力下で測定可能な温度可変メスバウア分光装置を開発し、30〜100mmの金属薄片試料を、チャック切れ無しに一定時間、一定応力で保持するための特殊チャックを製作した(島津製作所)。図10(a)に「一軸引っ張り応力下メスバウア分光装置」の全体の配置と、図10(b)に中心のチャック部分とメスバウア分光装置の概略を示す。この部分が市販の引っ張り試験機(島津製作所製オートグラフAG-100E)に組み込まれている。また、この引っ張り試験機には自動荷重-歪み制御プログラムが組み込まれており、一定荷重や一定歪みでメスバウア・スペクトル測定を行なうことができる。通常の引っ張り試験に使われる材料はJIS規格により形状が決まっており、中央測定部分を狭くした1mm程度の厚さの板や数mm直径の丸棒等が利用される。ところが、一軸引っ張り応力下のメスバウア分光測定ではγ線が材料を透過しなければならず、このために試料として厚さ30〜100μmの薄片が必要である。このような薄片を従来のチャックで挟み、引っ張り試験を行おうとすれば、内面の歯で薄片が切断されてしまう。そこでこのようなチャック切れ無しに一定時間、一定応力で引張り試験を行い、同時にメスバウア分光測定を可能にするため、特別に試料を挟み込む部分の歯を細かくしたチャックが製作された。
メスバウア・ドライブの先端に取りつけた57Co線源から出たγ線は、中央のチャック部分に固定された金属箔試料を透過してγ線検出器に入る。試料の温度制御のために、中央部分をトップロード型クライオスタットに挿入できるようにチャック部分は可能な限り小さく設計・製作(島津製作所)されている。 さらに、メスバウア分光の測定には引張り試験機本体及び温度可変用クライオスタットや真空電気炉からの振動を極めて低く抑えなければならない。このための、特殊な除振装置付の測定台や温度可変装置もすでに開発されている。また、引張り試験機からの応力・歪みデータと試料温度、メスバウア分光計測プログラムを同時に制御するための LabView(NI社製)を利用したソフトを開発している。

図10(a)一軸引張り応力下メスバウア分光装置全体図、(b)チャック部分拡大図

図11 一軸引張り応力下メスバウア分光装置チャック部分写真

図12(a)メスバウア分光用SUS304引っ張り試験試料、(b)SUS304応力・歪み曲線、(c)一軸応力下で測定されたSUS304応力誘起マルテンサイト変態
【 SUS304ステンレス鋼の一軸応力下メスバウア分光測定例 】
図12(b)は本装置で得られた50μm厚のSUS304ステンレス鋼(Fe-18%Cr-8%Ni)薄膜試料の応力・歪み曲線である。試料(図12(a))は標点間距離8 mm、平行部8 mmの引っ張り試験片を切断の後、800℃で1時間歪取り焼鈍を行なったものを測定した。結果は従来の標準的厚さの引っ張り試験片による応力・歪み曲線と良い一致が得られた。図3(c)が室温で行なった一軸引っ張り応力下でのメスバウア分光測定の結果である。試料は図2の応力・歪み曲線測定と同様の試験片を用いた。測定した応力は図12(b)に@〜Dで示した値で一定に保持し、各応力値でそれぞれ約20時間のスペクトル測定を行なった。Dは破断後の測定である。@とAが弾性領域内の測定で、常磁性のオーステナイト相のスペクトルには大きな変化は認められない。ところが、塑性領域に入ると、637N/m2以上の応力下で、強磁性の6本に分裂した成分が中央のオーステナイト相成分の加えて出現する。この強磁性成分が応力に誘起されたマルテンサイト相である。その強度は応力の増加と共に単調に増加していることがマルテンサイト成分の面積強度が増加することから明らかに判る。

4.ガス雰囲気高温メスバウア分光装置
高温メスバウア分光でγ線の透過吸収スペクトルを計測する場合、通常は試料を真空チェンバー内の小型電気炉内に固定し、10-6Pa程度の真空中で保持しながら測定する。ところで、試料をガス雰囲気ちゅうで保持しながら高温でスペクトル測定を行いたい場合がある。この場合には、高温測定炉にガスを単純に導入するだけでは断熱真空を破ってしまうので測定できない。つまり、試料室にのみガスを流し、その周りは断熱真空を保持して高温を実現する必要がある。そこで、本研究室では図13のようなガス雰囲気透過メスバウア分光用の試料ホルダーを作製し、これを真空容器に固定し、赤外線過熱ヒータで試料室上部を直接加熱する装置を開発した。図13中の細いステンレスパイプガス導入ラインで、銅のホルダーにつながれている。γ線導入窓としてはグラファイト板をメタルOリングで固定し、断熱真空と分断している。

図13 ガス雰囲気メスバウア分光装置の試料ホルダー部分
このシステムの典型的な例が、図14に示す鉄ゼオライト触媒をNOx還元中にスペクトル測定を行った研究例である。ここでは、高温でガスと反応中のFeの化学変化を追跡しながら触媒反応の素過程を解明ている。(a)はFe/MFI触媒の大気中、室温のメスバウア・スペクトルで2種類のFe3+(I),(II)のダブレットが観測される。(b)はHeガス中で573Kで測定したもので、外側のFe3+(II)のダブレットが減少して斜線で示すFe2+のダブレットが出現する。この試料をNO1000ppm+C2H41000ppm, O2 5%+He balanceのガス雰囲気、523Kで測定したのが(c)である。Fe2+のダブレットの相対強度が(b)と比較して少し増加しており、NOx還元反応中ではFe2+が触媒反応の活性種となっていることを直接示している。

図14 イオン交換法により作製したFe/MFI触媒のメスバウア・スペクトル:(a) 大気中室温測定、(b) ヘリウムガス中・573Kで測定、(c) NO1000ppm+C2H41000ppm, O2 5%+He balance・523Kで測定。

5.顕微メスバウア分光装置(“鉄顕微鏡”)
“マルチキャピラリX線レンズ(MCX)”とマイクロチャンネルプレート(MCP)を組み合わせた鉄原子のみに敏感な“メスバウア分光鉄顕微鏡”(2次元位置敏感型メスバウア分光装置)を開発した。X線用マルチキャピラリレンズにより57Co線源からのメスバウア14.4keV-γ線を試料表面で数250μmまで集光する.試料は真空チェンバー内のXYゴニオメータ上に固定し,試料を移動させて位置の関数で内部転換電子を計数する。内部転換電子検出には電子に対して高い検出効率を有するマイクロチャンネルプレート(MCP)を利用する.これにより,表面から100nm深さまでに分布する57Feがメスバウア共鳴吸収後に放出する内部転換電子を50μm程度の空間分解能で計数することが可能となる。さらに、通常のメスバウア・スペクトル測定を同時に行うと、スペクトル各成分が試料面内でどのような強度で分布しているか、つまり各鉄成分の試料面内でのマッピングが可能となる。このマッピング像が「顕微メスバウア分光装置」の顕微像となる.(図15)

図15 顕微メスバウア分光装置の原理図

図16 鉄で故意汚染したシリコンウェーハのマッピング測定
図16に示すように,内部転換電子の計数率はシリコンウェーハの各部分において変化する.図の下部約1/3は試料を固定しているAlのマスクからの画像である.

6.2004年度研究室メンバー

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