液体のりの成分から抗菌性のフィルムの開発に成功

研究活動

静岡理工科大学 液体のりの成分から抗菌性のフィルムの開発に成功

静岡理工科大学 理工学部 物質生命科学科 小土橋 陽平 准教授が、液体のりの成分(ポリビニルアルコール、PVA)を用い、ナノ柱を有するハイドロゲルフィルムを開発することに成功しました。今後、医療用の創傷被覆材(ドレッシング材)、医療機器を覆うフィルム材等として活用・製品化されることが期待される技術となります。

ニュースリリース(PDF)

【研究のポイント】
・液体のりの成分(ポリビニルアルコール、PVA)を用い、セミの翅のナノ柱構造を模倣した親水性フィルムの開発に成功しました。
・フィルム上のナノ柱はハイドロゲルであり、柔軟性と可動域の広さから細菌の捕捉と細菌膜の変形が観測され、抗菌性材料としての応用が期待されます。
・創傷被覆材(ドレッシング材)などの医療機器や医療機器を覆うフィルム材として、今後国内企業との共同開発を進め、10年以内での製品化を目指します。

【概要】
静岡理工科大学 理工学部 物質生命科学科 小土橋 陽平 准教授が、液体のりの成分(ポリビニルアルコール、PVA)を用い、ナノ柱を有するハイドロゲルフィルムを開発することに成功しました。セミの翅を模倣して作成された本ナノ柱は、柔軟性と可動域の広さから細菌を捕捉することができます。加えて、捕捉された細菌の細菌膜は、殺菌性が示唆される形状の変化が観測されました。ハイドロゲルナノ柱の報告数は、その調製の困難さから限られており、潜在的な抗菌効果は不明です。本研究の成果は、ナノ柱を有する様々なハイドロゲルの調製を容易にし、これらの研究の進展を加速させます。抗菌性材料として、創傷被覆材(ドレッシング材)などの医療機器や医療機器を覆うフィルム材への応用が期待されます。

【背景】
細菌のバイオフィルムに関連する感染は、米国において医療用インプラント手術の10%に影響を及ぼし、年間10万人近くが亡くなっています[1]。加えて、薬剤耐性菌は世界的に深刻な問題となっており、これまで日常的で低リスクとされていた医療処置が、今後高リスクになることが懸念されています[2]。人類は、ペニシリウムから抗生物質ペニシリンの発見やハスの葉のセルフクリーニング能など、バイオミメティクスの概念のもと、細菌への対策について生物から学んできました。
 新しい細菌対策として、2012年にIvanovaらのグループによって、物理的に細菌膜を破壊するセミの翅のナノ柱構造が発見されました[3]。ナノ柱に吸着した細菌膜は、物理的に伸長され、結果として膜破壊を起こします。この発見により、異なる種類のセミだけではなく、トンボの翅やヤモリの足など、様々な種のユニークな殺菌作用について研究が行われ、これらの抗菌表面はブラックシリコンやチタン、金、カーボンシートなどを用いて模倣されています[2、4-7]。
 一方で、高分子材料により構成されるナノ柱の抗菌性に関する報告は限られています。特に、親水性高分子からなるナノ柱は、高い表面積から水へ溶解してしまい作成することが困難です。実現には架橋構造などを設計する必要があります。セミの翅は主にタンパク質、キチン、翅の表面を覆うワックス状の化合物から構成されており、進化の過程により、軽量を保つために乾燥しています[8]。言い換えれば、水を含有できるセミの翅構造(現代に進化の過程で選択されていない)は、細菌にとって未知との遭遇であり、絶えず変化する細菌に対する新しい対策になるかもしれません。実際、親水的なナノニードルはグラム陰性だけでなく、グラム陽性菌に対しても抗菌性を示すことも報告されています[9]。この結果は、グラム陽性菌に対する抗菌効果が低いセミの翅とは異なります。よって、セミの翅を模倣した親水的なナノ柱は、オリジナルのセミの翅と異なる抗菌性を発揮する可能性があります。これらの潜在的な抗菌効果を調査する為に、特別な装置や複雑な有機反応・重合を必要とせずに、親水性ナノ柱のサイズや架橋構造などを制御できる簡便な調製方法が求められてきました。

【成果】
本研究では、親水的なナノ柱ハイドロゲルフィルムを、特別な装置や添加剤を使用せずに、市販のアルミナ多孔質基盤を用いて、簡便に調製しました。ナノ柱の成分は、ポリビニルアルコール(PVA)とポリメタクリル酸(poly(MAAc))からなります。高分子の水溶液を多孔質基盤に注ぎ、ヒドロキシ基とカルボキシ基の熱架橋を行う為、乾燥したフィルムを135℃で処理しました。高分子を架橋することによって構築されたナノ柱は非常に柔軟性があり、ナノ柱が傾いても構造の破壊は観察されませんでした。また、アルミナ多孔質基盤の細孔を変えることで、ナノ柱の直径などのパラメータを制御することにも成功しています。
ナノ柱は、材料であるPVAとpoly(MAAc)により表面電荷が負であり、細菌に対する静電的な反発があるにもかかわらず、グラム陰性菌とグラム陽性菌を捕捉することが観察されました(下図)。加えて、捕捉された細菌の細菌膜はナノ柱により伸長され、細菌の形状が変化しました。これらの細菌膜の形状の変化は、細菌膜の破壊や殺菌性に繋がることが報告されています[1、2]。 セミの翅を模倣したグラム陰性菌とグラム陽性菌に対して効果的なナノ柱は、ブラックシリコンや金属、カーボンナノシートを使用してすでに報告されています。一方で、ハイドロゲルからなるナノ柱の報告数は、その調製の困難さから限られており、潜在的な抗菌効果は不明です。将来的には、様々な細菌種に対する抗菌効果だけでなく、抗菌効率やリアルタイムの観察などが、ハイドロゲルナノ柱の抗菌特性を明らかにする上で必要になることが予測されます。本研究の調製方法は、ナノ柱を有する様々なハイドロゲルの調製を容易にし、これらの研究の進展を加速し、抗菌性材料としての応用が期待されます。

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図 セミの翅を模倣したナノ柱ハイドロゲル

【今後の展開】
セミの翅を模倣して作成された本ナノ柱は、柔軟性と可動域の広さから細菌を捕捉することができます。加えて、捕捉された細菌の細菌膜は、殺菌性が示唆される形状の変化が観測されました。水を含有できるセミの翅構造は、バクテリアにとって未知との遭遇である可能性があります。海を泳ぐセミなど今後の進化の過程で登場する(または過去に存在していた)かもしれない生物の機能をシミュレートし模倣する(Future creature-mimetics)ことで、絶えず変化する細菌に対する新しい対策になるかもしれません。今後は抗菌性材料として、創傷被覆材(ドレッシング材)などの医療機器や医療機器を覆うフィルム材へ応用展開し、国内企業との共同開発を進め、10年以内での製品化を目指します。

【関連情報】
本研究成果は、「Cicada-Wing-Inspired Nanopillar Hydrogels Consisting of Poly(vinyl alcohol) and Poly(methacrylic acid) for Capturing Bacteria through Their Flexibility and Wide Range of Motion」として、米国科学雑誌「ACS Macro Letters」(2022年5月16日付)に掲載されました。
(https://doi.org/10.1021/acsmacrolett.2c00126)

【その他】
本研究は、静岡理工科大学 理工学部 物質生命科学科 藤本 一磨(2021年度卒 修士)、齋藤 明広 教授、小土橋 陽平 准教授により行われました。

【引用】
[1] Elbourne, A.; Crawford, R. J.; Ivanova, E. P. J. Colloid Interface Sci. 2017, 508, 603-616.
[2] Linklater, D. P.; Baulin, V. A.; Juodkazis, S.; Crawford, R. J.; Stoodley, P.; Ivanova, E. P. Nat. Rev. Microbiol. 2021, 19, 8-22.
[3] Ivanova, E. P.; Hasan, J.; Webb, H. K.; Truong, V. K.; Watson, G. S.; Watson, J. A.; Baulin, V. A.; Pogodin, S.; Wang, J. Y.; Tobin, M. J.; Lobbe, C.; Crawford, R. J. Small 2012, 8, 2489-2494.
[4] Pham, V. T. H.; Truong, V. K.; Orlowska, A.; Ghanaati, S.; Barbeck, M.; Booms, P.; Fulcher, A. J.; Bhadra, C. M.; Buividas, R.; Baulin, V.; Kirkpatrick, C. J.; Doran, P.; Mainwaring, D. E.; Juodkazis, S.; Crawford, R. J.; Ivanova, E. P. ACS Appl. Mater. Interfaces 2016, 8, 22025-22031.
[5] Vassallo, E.; Pedroni, M.; Silvetti, T.; Morandi, S.; Toffolatti, S.; Angella, G.; Brasca, M. Mater. Sci. Eng. C 2017, 80, 117-121.
[6] Sjöström, T.; Nobbs, A. H.; Su, B. Mater. Lett. 2016, 167, 22-26.
[7] Jindai, K.; Nakade, K.; Masuda, K.; Sagawa, T.; Kojima, H.; Shimizu, T.; Shingubara, S.; Ito, T. RSC Adv. 2020, 10, 5673-5680.
[8] Roman-Kustas, J.; Hoffman, J. B.; Reed, J. H.; Gonsalves, A. E.; Oh, J.; Li, L.; Hong, S.; Jo, K. D.; Dana, C. E.; Miljkovic, N.; Cropek, D. M.; Alleyne, M. Adv. Mater. Interfaces 2020, 7, 2000112.
[9] Park, H.-H.; Sun, K.; Seong, M.; Kang, M.; Park, S.; Hong, S.; Jung, H.; Jang, J.; Kim, J.; Jeong, H. E. ACS Macro Lett. 2019, 8, 64-69.

【問合せ先】
静岡理工科大学総務部社会連携課 担当:池田・中村
TEL:0538-45-0108 E-mail:shakai@sist.ac.jp