大気汚染を雨1滴の精度で測定する

南齋勉 准教授 理工学部 物質生命科学科

健康や農作物に害を及ぼす大気汚染。その汚染は、国境を越えて広がります。わが国でも、微小粒子状物質(PM2.5)を含む中国大陸からの汚染物質が、呼吸器系疾患や酸性雨などに影響を与える可能性が指摘されています。

その実態はどうなのでしょう。「中国、インドや東南アジアにおいて多くの汚染物質が排出されているのは間違いないとしても、日本に到達した気塊に含まれる汚染物質が特定の国や地域だけに由来するのかどうかは、未だにはっきりしていません」と語るのは物質生命科学科の南齋勉准教授。正確な調査が望まれるわけですが、その検査方法についても問題があると指摘しています。「大気中を漂う汚染物質は、雲粒(雲を構成する微小な水滴や氷の粒)に取り込まれ、日本上空で雨となって落下します。多くの自治体が採用している従来の採取法では、雨を溜め、それを1時間ごとに検体として分析します。しかし溜めてしまうと1時間前の雨と今の雨が混ざってしまう。そこに問題があります」(南齋准教授)。

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理工学部 物質生命科学科 南齋勉 准教授

大気は絶え間なく動いているので、今ここにある雲とさっきあった雲は全く違うもの。雲に取り込まれた物質の発生源も異なります。「それを分けないで調べてしまうと、物質の発生源を論じることは困難です」(南齋准教授)。そこで採取時間を短くする必要があります。いわば、検査の(時間軸における)分解能を上げるわけです。また、同じ雲の中でも汚染物質の分布は異なりますから、降った場所による微妙な違いも分かる(空間的な分解能も上がる)ともっとよいのです。究極的には、雨を1滴ごとに検査する方法を編み出すことでしょう。「1滴ごとに検査できれば、雨雲をプロファイルすることができる。つまり、雨粒の濃度分布や粒径分布と、大気の移流経路を関連付けることで、越境汚染の発生源を特定できるのではないかと考えました」。

シンプルな方法で分解能を上げられた

南齋研究室では、極めてシンプルな計測法を開発しました。調べたいイオンに反応して結晶をつくる物質を動物性ゼラチンに混ぜ、シャーレに流し込んで薄膜を作っておきます。薄膜の直径は35 mm程度。そこに雨粒が落ちる。調べたいイオンが含まれている場合は、ゼラチン内に結晶が析出するという計測方法です。

例えば硫酸イオンを調べるときは、ゼラチンに塩化バリウムを混ぜておきます。そこに硫酸イオンが含まれた雨粒が落ちると、ゼラチン内のバリウムイオンと反応し、不溶性の硫酸バリウムが結晶化します。結晶の生成量と物質量は高い相関があることが分かっているので、結晶の生成量を測定すれば、高精度で雨粒に含まれる硫酸イオンの量が分かるのです。

結晶の生成量を測定するのは大変そうですが、観察にはデジタルマイクロスコープ(※1)を使いますので、取り込んだデジタル画像からピクセル数を自動カウントするフリーソフトなどを利用することで、容易かつ高速に測定できます。また、雨粒の直径から体積が分かるので、個々の雨粒のイオン濃度を知ることもできます。

※1 デジタルカメラで取り込んだ画像をモニターに映し出す顕微鏡

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結晶が硫酸バリウムであることを確認する南齋准教授
モニターに映し出された画像は走査型電子顕微鏡で得たもの

工場や自動車など、人間の営みが原因で大気に出て行く無機イオンは、主に硫酸イオン、アンモニウムイオン、硝酸イオンの3つ。これらのイオンの量や比率から、発生源の詳細を追跡することができます。

南齋研究室では、実験室内での検討を経て、2019年夏にこの雨粒採取法により、富士山頂で直接雲粒を採取する実験を行いました。富士山は日本の最高峰かつ独立峰なので、地上からの対流の影響を受けにくく、大陸から直接流れてきた汚染大気を観測できるという利点があるのです。また、5合目の太郎坊(富士山5合目付近の南東側)でもドローンを飛ばしてサンプルを採りました。ここでのサンプルを山頂のサンプルと比較することで、地上からの対流の影響を見ることができるからです。

南齋准教授は、「シンプルな実験ですが、雲粒一つひとつが異なる濃度の硫酸イオンを含むことが分かってきましたので、観測は成功したと言えそうです」と語っています。ただし、アンモニウムイオンや硝酸イオンは雨中の濃度では結晶生成が十分でないといった問題点も見つかりました。イオンを検出するのにより適した薄膜作製条件について、今も研究を続けているそうです。

海外に送れる測定キットで世界同時調査も

このサンプル収集用の器具は、ゼラチンとプラスチック製シャーレ、少量の化合物水溶液だけで出来てしまうため、簡便で低コストなのが特徴です。アルミ製のファスナー付き袋に入れておくと、湿度を保持したまま、長期間保存でき、海外への運搬や郵送も容易です。

南齋准教授は、「海外の研究者に収集を依頼することもできますし、高価な機材がなくてもマイクロスコープとフリーソフトがあれば分析できるので、開発途上国での計測や分析も可能です。世界中で同時サンプリングといった活動も難しくないでしょう」と語っていました。

測定用シャーレの作製は、現在、学生が行っています。硫酸イオン測定キットは、ゼラチンに塩化バリウムを溶かしてシャーレに流し込み、デシケーター(乾燥器)内に数日静置すれば平衡状態に達するので、あとはアルミ袋に密封すれば完成です。

ゼラチンは取り扱いが容易で、天然物なのに不純物がなく、測定に影響しないのが利点です。ただし、雨粒が落ちたとき、溶液中のイオンと化合物を作れるように適度な浸透性が求められる一方で、浸透し過ぎると拡散して濃度が低下してしまうので、こうした条件を満たす薄膜にする必要があります。この完成度を高めようとすると手作りでは均一性に限界があるため、「測定キットを大量生産してくれる企業があればよいと思っています」(南齋准教授)と、産学連携にも期待しています。

研究者プロフィール

南齋勉 准教授
理工学部 物質生命科学科
2009年 大阪府立大学大学院工学研究科 博士課程修了
2009年 神奈川大学 特別助手(工学部物質生命化学科)
2012年 神奈川大学 特別助教(工学部物質生命化学科)
2016年 静岡理工科大学 講師(理工学部物質生命科学科)
2019年 現職
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