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TOP >  Lectures >  3.格子欠陥

3.格子欠陥


3.1 格子欠陥

図3.1 結晶格子中の点欠陥;(a)原子空孔. (b)格子間原子. (c)置換不純物原子. (d)格子間不純物原子(藤田英一「格子欠陥」より).

一般に有限温度にある結晶には図3.1に示すような点欠陥が存在する. これは点欠陥に伴って配置エントロピーや振動エントロピーが増加するために, 自由エネルギーが低下することによるものと考えられている. また, 点欠陥のみならず, 転位や結晶粒界などの構造欠陥は, 加工変形, 高エネルギー照射, 高温急冷, 融液からの凝固等で結晶に自然に導入され, 物性に大きな影響を与えている.

 メスバウア分光はこれまでに述べてきたように, プローブ原子の第一近接の環境変化に敏感であり,プローブ原子を格子欠陥の近傍に持ってくることができれば, 格子欠陥の局所構造や動的挙動に関するナノスケールの情報が得られるものと期待できる. しかしながら, 熱平衡状態はもちろんのこと, 低温照射, 冷間加工または高温急冷後に試料中に生成される格子欠陥濃度は最大10-4程度で極めて低く, メスバウア分光で“格子欠陥成分”を検出するためには試料作成や測定法の工夫が必要である.すでに格子欠陥の研究分野では, 格子欠陥を過剰に導入後,その回復過程を電気抵抗や陽電子消滅等で調べる方法や電子顕微鏡で2次欠陥の成長を“その場観察”する方法等, 確立された研究手法がある. これらの方法は,いずれも個々の点欠陥を直接観察し,その動きを直接追跡するものではなく, 点欠陥が生成・移動・消滅を繰り返した結果形成される欠陥集合体を観察して, この過程を記述する一組の現象論的微分方程式で定量的に解析し,点欠陥の移動度等の情報を得ようとする間接的手法である.したがって, 今後の格子欠陥研究で重要と考えられるのは, 特に点欠陥の動的挙動, すなわち原子空孔, 格子間原子そして不純物原子のジャンプ過程, さらに2次欠陥核生成・成長過程等を直接実時間で追跡し, その機構を原子スケールで解明することであろう. このためにメスバウア分光は一つの強力な手段となり得る. 以下にこれまでに行われたメスバウア分光による格子欠陥の代表的な研究例を挙げ, その動的挙動の研究に対するメスバウア分光の可能性を明らかにしよう.

3.2 欠陥トラッピング法

図3.2 欠陥トラップ法により捕らえたAl中の格子間Fe原子のケージ運動

プローブ原子と格子欠陥の間に引力相互作用が存在する場合, 点欠陥を過剰に導入後に, 点欠陥が動く温度で熱処理を行えばプローブ原子に格子欠陥が捕捉される. この場合は格子欠陥濃度が低くても, プローブ原子は優先的に格子欠陥近傍に存在してその周りの局所環境に関する情報を送ってくれる. G. VoglらはAl中に57Feプローブの親核である57Coをドープし, 高速中性子や電子による低温照射実験を行い, 置換格子位置に固溶した57Co原子がAl格子間原子を捕捉したスペクトル成分を見出した[19].図3.2に2.8MeVの電子線照射を行い,その後Al格子間原子が動くとされるステージI(~60K)のすぐ上の温度で焼鈍したAl-20ppm 57Coの57Feメスバウアスペクトルの4.2Kから30Kの温度変化を示す[20].斜線の成分がAl格子間原子1個を捕獲した57Coが格子間位置に動き, 57Feに崩壊後に得られたスペクトル成分である. 図3.2にこの面積強度を温度の関数としてプロットしてあるが, 15K付近で急激に面積強度が減少しているのが判る. これは図3.3に示すように57Fe原子が100ナノ秒の間に面心立方の八面体位置を中心に8個のサイト間を局所的にジャンプする. いわゆる“ケージ運動”をしているためと解釈されている[21]. すなわち, ケージ運動が起こると格子間Fe原子成分のスペクトルの線幅が急激に広がり, 見かけ上面積強度の減少が観測される. 他の欠陥移動が生じない温度領域(この系では25~30Kが適当)で, スペクトルの見かけの面積強度\(f(\vec{k})\)は,\(f_0\)をデバイ-ワーラー因子, \(\gamma\) 線波数ベクトルを\(\vec{k}\), \(\overrightarrow{R_n}\)をN個のケージ内の格子間位置ベクトルとしたときに, \begin{align} f(\vec{k}) = f_0 \left| {N^{-1} \sum^N_{n=-1} exp(i {\vec{k} \cdot \vec{R_n}})} \right|^2 \end{align} と表すことができる. つまり, 実験から面積強度の\(\gamma\) 線方向依存性を測定すると, 逆にFe原子位置ベクトル\(\overrightarrow{R_n}\), すなわちケージ運動のジャンプサイトをモデルとの比較で決定することができる. 20K以下では依然格子間Fe原子成分が線幅の広がった成分として観測される. 線幅増加\(\Delta \Gamma\)は2.6.2で述べるようにジャンプ頻度\(\frac{1}{ \tau }\)と比例関係にあり, \begin{align} \Delta \Gamma\propto\frac{1}{\tau} = \frac{1}{\tau} exp \left( {-\frac{E}{k_B T}} \right) \end{align} これから, 活性化エネルギー\(E\)はこの成分の線幅増加\(\Delta \Gamma \)を温度の逆数でプロットすることにより\(E = 18\pm1\) meVという値が得られている(図3.4)[21]. このケージ運動は格子間Fe原子に特有な局所ジャンプ過程であり, 長距離拡散の前駆現象と考えられている. その起源に関しては明らかでないが, 格子間Fe原子の周りのAl格子が歪み, Fe原子に対するポテンシャルが図3.3の位置で極小になっているのではないかと推察されている. しかしながら, 現在までのところ, 第一原理計算ではこのようなポテンシャル極小は見出されていない.

図3.3  Al中の格子間Fe原子のケージ運動と見かけの共鳴面積の角度依存性

さらに, Al中では急冷実験により過剰原子空孔を導入した系でも, 原子空孔が57Co原子に捕捉されることが見出されている[22,23]. Al以外ではAu中の119Sbでも原子空孔とSbのクラスター成分が見出されている[24]. しかしながら, この「欠陥トラッピング法」は他の系でAl中と同じように点欠陥の動的挙動の解明まで至った例はほとんどなく, 適用範囲が限られている.

図3.4 格子間Fe成分の温度変化と線幅増加量のアレニウスプロット

3.3 低エネルギーイオン注入実験

数10~100keVの注入エネルギーでメスバウア・プローブ原子を物質中に打ち込めば, 減速過程で生成されるカスケード損傷により多くの点欠陥が最終的にプローブ原子の近傍に存在することになる. もちろん, 各原子が数回ずつはじき出されるような高線量での注入を行ったとしても, 大部分の点欠陥は数ピコ秒の間に再結合により消滅してしまうので, プローブ原子の周りの点欠陥濃度は数%にもならないと考えられているが, 焼鈍実験を行えば, 欠陥回復過程でプローブ原子と点欠陥のクラスターやプローブ原子を含む欠陥集合体が形成されると期待される.この方法を利用した点欠陥およびその集合体の研究は極めて多くあり,最近ではH.de Waard とL. Niesenによる総合報告[25]があるので, ここではこの方法の問題点を簡単にまとめるのみに止める.

注入エネルギーが数10~100keVでは,注入原子は表面から数1~100nmのレンジを有するので,注入線量が1014atoms/cm2以上では, プローブ原子濃度は10-3/cm3以下でプローブ原子間の相互作用は無視できるものの, カスケードの重なりが生じ, 格子間原子ループや原子空孔クラスターの生成など, プローブ原子の周りの欠陥分布は複雑なものとなる. したがって, 焼鈍実験を行い欠陥クラスターや集合体の生成・成長過程を追跡し, 点欠陥とプローブ原子の反応素過程を研究しようとすると, 出現するスペクトル成分数が数成分以上になり, 最小二乗法で成分を分離しようとするとかなり困難となる. 残念ながら, 従来行われてきたイオン注入を利用したメスバウア分光による格子欠陥の研究は解析が詳細過ぎ, 成分検出の限界を超えて議論したものが多く見受けられた. 従って, 低エネルギーイオン注入試料による点欠陥の研究を行う際には, 出現するスペクトル成分が数成分以下になるような状況, たとえば極めて低注入線量1012~1013atoms/cm2で線源実験を行う必要がある(図3.5).

図3.5 低エネルギーイオン注入後のSi中の57Co/57Feメスバウアスペクトル

3.4 インビーム・メスバウア分光法

最近, 重イオン加速器を利用した“インビーム・メスバウア分光法”により、バルク試料中の点欠陥の動的挙動をナノ秒の時間スケールで直接その場観察することが可能になってきた.インビーム・メスバウア分光法は, 短寿命励起核を様々な原子核反応を利用して生成し, 励起核プローブから放出されるγ線を同時に計測する. このγ線のスペクトルが注入57Fe原子の近傍の原子配列と自己相関関数すなわちジャンプ過程に関する微視的情報を与える. 通常のメスバウア分光の実験では, 長寿命の親核からの崩壊を利用して, “メスバウア核励起状態”を得る. 一方, インビーム・メスバウア分光は, クーロン励起等により, 短寿命核の励起状態を直接生成し, プローブ原子を物質に反跳エネルギー等を利用して注入し, 同時に測定する新しい方法である. 励起核を生成する方法によりプローブ原子の注入エネルギーも異なり, たとえば,56Fe(d,p)57Fe反応では数100keV, クーロン励起後の反跳イオン注入では数10MeV, 入射核破砕反応では数100MeV~数GeVの従来の低エネルギーイオン注入では利用されなかった高い注入エネルギーとなる.

 クーロン励起・反跳イオン注入法は1968年にG.E. Sprous, G. M. Kalvius, F. E. Obenshain らにより初めて用いられ, パイオニア的な研究が試みられたが, 当時の加速器の性能やγ線検出技術等の制約があり, 固体物理研究への本格的な応用には至らなかった. その後, 1980年代に入りBerlin, Hahn-Meitner 研究所に於いて, 重イオン加速器VICKSIから十分なエネルギーと強度の重イオンビームを利用できるようになり, インビーム・メスバウア分光装置が新たに設置され, 高速拡散に関する研究が行われた[5-7, 10,18]. 現在, 理化学研究所では同種の装置に加えて, 入射核破砕反応後のオンライン・アイソトープ分離装置(RIPS)があり57Mnを利用した実験が開始されている. さらに, 入射核破砕反応による装置はこれから増強され, あらゆる短寿命核を大強度ビームとして分離し,物質にGeVのエネルギーで注入するための施設がRIビームファクトリーとして2006年末に完成予定である. これまでインビーム・メスバウア分光法は57Feメスバウア・プローブにほぼ限られていたが, 今後, 様々な核種で実験が可能になり,
原子核プローブの動的挙動を直接原子スケールでその場観察できる強力な実験手段になるであろう.

図3.6 クーロン励起・反跳イオン注入法の実験配置

さて. インビーム・メスバウア分光法の中のクーロン励起・反跳イオン注入実験を以下に説明する.
重イオン加速器からの110MeVの40Arパルスビーム(パルス幅:1~2ns, パルス間隔:200~400 ns)を57Feの金属箔(3mg/cm2)に照射する(図3.6). これにより57Feの14.4keVのメスバウア効果に利用するレベルがクーロン励起され, 同時に高い反跳エネルギーで57Feがはじき出される.これを試料で受けとめ(反跳イオン注入), 打込んだプローブ原子とその極く近傍の状態を, イオン注入直後から励起状態の寿命(140ns)程度の時間測定する.はじき出される57Feの角度分布は40Arビームに対し約20゜~70゜の間にピークを持ち, 40Arが試料に同時に打ち込まれることはない. 反跳エネルギーは数MeVのオーダーと高く,57Feは試料中深く(数μm)静止した後,無反跳メスバウアγ線を放出する. これを真空チェンバーの外に置かれた, 平行平板アバランチ検出器(PPAC)でスペクトル測定を行う.
適当な測定時間窓設定後の,最終的な全計数率は約5~10カウント/秒(デバイ・ワーラー係数に依存)となる.
ひとつのスペクトルを得るのに必要な時間は通常数時間で, 10~850 Kの温度領域, 10-7~10-8mbの真空度で測定可能である.
 これまでの実験結果から注入57Fe原子は金属・半導体ではおおむね置換格子位置または格子間位置に止まり, そのジャンプ過程をその場観察することが可能であることが明らかになってきた.この方法は,1つのスペクトル測定に必要な57Feの個数が約1011と極めて少なく, 注入深さが数10~100μmに及ぶ. 従って, カスケードの重なりは全く無く, Fe原子の周りの欠陥濃度は低いことが知られている. 特に, 物質によってはプローブ原子 57Feを直接格子間位置に打ち込むことが可能である. つまり, 格子間57Fe原子の動的振る舞いを, スペクトル線幅増加や超微細相互作用の緩和現象に着目して直接観察することが可能である.

図3.7 α-Zr中の57Feインビーム・メスバウアスペクトル:(a) 24 K, (b)~(g)は格子間Fe成分と欠陥成分のみ

図3.8 共鳴面積(a)、四極子分裂(b)、センターシフト(c).
図3.9  α-Zr中の57Fe格子間原子ケージ。

典型的な例として,α-Zr中に於ける57Feインビーム・メスバウアスペクトル[18]を図3.7に示す. 24Kで通常の格子位置に止ったFeによる成分(65%の相対強度)のほかに, 30%の格子間Feによる成分が存在する. この格子間Fe成分が, 図3.8 (a, b) に見られるような50K付近で四重極相互作用の緩和を伴う共鳴面積強度の急激な減少を示す.この異常な温度変化は格子間Fe原子が局所的なジャンプ(ケージ運動)をするときに理論的に期待されていたものである. ケージ運動は上述したように,Al中の格子間Fe原子でG.Voglらにより初めて実験的に見いだされ[19-21], その後,このインビーム・メスバウア分光法[7]でも同様に見出されたが, その際,面積強度の減少のみが観測され,理論の予測にもかかわらず, 四重極相互作用の緩和は明らかではなかった.観測されたメスバウア・パラメータの温度変化から,α-Zr中のFe格子間原子は50K以上で, 図3.9のような八面体格子間位置からわずかにずれたケージ位置上を高速でジャンプしていると考えられる. インビーム・メスバウア分光による実験結果として, α-Zr, Sc, Y, Ti, Nb, Pb, Sn, Li, Na, K, さらにはSi, Ge 中の57Feの測定がある[7].

この方法は励起状態にある57Feを高エネルギーで注入直後, 放出されるメスバウアγ線を100nsのオーダーの時間のみ測定するので, 従来のメスバウア分光法に比較して, いくつかの興味ある特徴を有する.

(1)メスバウア・プローブ原子を基本的にはあらゆる物質に打ち込んでメスバウア効果を測定可能である.従って, メスバウア原子の溶解度が存在しない系でも, 注入直後の孤立した57Feの状態に関するミクロな情報を得ることができる. この点に関しては従来, 低エネルギーイオン注入後のオフライン・メスバウア分光実験で問題となっていた, 高い57Fe濃度に起因するクラスター成分やカスケード間の重なり等の複雑な効果は, インビーム・メスバウア分光のスペクトルには存在しない.

(2)物質によってはプローブ原子57Feを直接格子間位置に打ち込むことが可能である. これから, 格子間57Fe原子の動的振る舞いを,スペクトル線幅増加や超微細相互作用の緩和現象に着目して,直接観察することが可能である. この特徴は, 以下に述べる高速拡散の研究には非常に重要である.

(3)Ar パルスビームを用いて57Feの励起状態を生成しているので, 時間分割測定が比較的容易に行える.
たとえば,57Fe注入直後からいくつかの測定時間窓を設定して, 「打ち込んだ57Fe原子がその周りに存在する点欠陥とどのように相互作用するか?」, 実時間で追うことが基本的には可能であろう. これは, 将来のインビーム・メスバウア分光の興味ある応用として期待されている.

3.5 照射誘起偏析

高エネルギー粒子により点欠陥が移動できる温度領域で物質を照射すると,平衡状態相の安定性が変化し, 照射誘起偏析が起こることが報告されている. メスバウアプローブ自身が偏析する場合にはその核生成から成長に至る過程を原子スケールで追跡することが可能になる. 図3.10はAu-0.1at%57Fe試料中に点欠陥のシンクとしてHeバブルをα粒子注入後に600℃で熱処理することにより導入し, その後220℃で2.3MeVのプロトン照射を行った試料のメスバウア・スペクトル測定の結果[26]を示す.(a)はα粒子注入後に600℃で熱処理したAu-0.1at%57Feのスペクトルで, Heバブル導入前のスペクトルと全く一致し,面心立方のAuの格子に固溶したFeの短距離秩序の状態を示している. すなわち, スペクトルは孤立Fe原子(モノマー)成分(シングレット)と2個のFe原子ペア(ダイマー)成分(ダブレット)で解析でき, ランダム分布から期待できるダイマー強度0.11よりは低い相対強度0.07を有する.つまり, Feの第一近接に来るFeの数がランダム分布より少なく, Fe原子の分布は短距離秩序を有することが判る. さて,この試料をα粒子注入後に測定したスペクトルが(b),Heバブル導入前の試料を220℃で0.18dpaまでプロトン照射したものが(c),Heバブル導入後の試料を220℃で0.23dpaまでプロトン照射したものが(d)である. (b)~(d)の照射試料ではモノマー, ダイマー成分に加えて斜線のダブレット成分が観測される. これは平衡状態では全く存在せず“照射誘起偏析”成分であると考えられる. また,Heバブルを含まない試料でプロトン線量依存を調べた結果(図3.11),この成分は照射の極めて初期から形成され,そのアイソマー・シフトや四重極分裂の大きさはほとんど変化しない. さらに, この成分は330℃の熱処理で元の短距離秩序状態に戻ることが確かめられた(図3.12).

図3.10 Au-0.1at%57Fe試料中(a)に点欠陥のシンクとしてHeバブルをα粒子注入後(b)に600℃で熱処理することにより導入し, その後220℃で2.3MeVのプロトン照射を行った試料のメスバウア・スペクトル:(c)Heバブルなし、(d)Heバブルが存在。

図3.11 Heバブルを含まない試料でスペクトルのプロトン線量依存

さて, この“照射誘起偏析”成分がFe原子のどのような配列に対応しているか議論するために,図3.13にAu中のFe原子やγ‐Fe, α‐Fe, Feクラスター, Fe単原子層, そしてFe格子間原子に対する四重極分裂の大きさを各成分のアイソマー・シフトの関数として整理した.照射後に得られた欠陥成分が置換格子位置のFeクラスターやγ‐Feに対応しているのであれば, 照射の初期に2原子Fe(ダイマー), 3原子Fe(トリマー), 4原子Fe等の成分強度が増加するはずであるが実験ではこのような傾向は全く観測されなかった. 一方, この成分のパラメータは後の章で述べるインビーム・メスバウア分光で観測された格子間原子Fe成分と思われる成分のパラメータとほぼ一致している.また, 照射量依存から明らかなように得られた欠陥成分のメスバウアパラメータの変化はほとんどない. すなわち,この成分の強度増加は照射初期に生成されたあるFeクラスターが“モチーフ”として繰り返し出現していることがわかる. したがって, 観測された欠陥成分の一つの可能な解釈として格子間Fe原子と置換位置Fe原子のペア, すなわちFe亜鈴型クラスター(ディプロン)が考えられ, プロトン照射中に点欠陥のシンク,たとえば試料表面やHeバブル近傍にこのFeクラスターの集合体として析出したものと解釈できる.

 図3.12 スペクトルの熱処理依存性      図3.13 四極子分裂とアイソマーシフト相関

3.6 微量不純物

平衡状態の点欠陥の挙動に関連して, シリコン単結晶中の微量Fe不純物を900~1000℃付近で高温メスバウア分光法により直接観察し, 半導体特性に直接的な影響を与えるFe不純物の挙動を直接調べた例を紹介する.図3.14はメスバウアプローブ57Fe原子をSiに30at.ppmの濃度が得られるように真空蒸着し, 異なる温度で行った測定結果(27)を示す. 蒸着直後(a)は強磁性a-Fe, 300℃から900℃((b)~(d))では表面付近にFe-Siが形成され, 温度と共に変化していることが判る. (e)は1100℃で1週間熱処理後に1000℃で測定したスペクトルで, (a)~(d)と比べて吸収面積が大きく減少している.図3.15はさらに測定温度を下げながら測定したスペクトルで, シングレットに加えて700℃以下で新たにダブレットが出現する. このダブレットの相対強度は測定温度の降下と共に増加する. Fe-Siの相図からα-FeSi2とβ-FeSi2の析出物が出現すると予想されるので, これらのFe-Siの高温メスバウアスペクトルを調べるために, Si-14at%Feの試料を1100℃から室温までの温度範囲で測定した(図3.16). この測定ではSi中に固溶したFeの量は極めて微量であるので, Si中に析出したα-FeSi2とβ-FeSi2のスペクトルのみが観察される.この結果を図3.14と3.15のスペクトルと比較すると, Si-30at.ppm 57Feで観察されたシングレットはα-FeSii2やβ-FeSii2析出物とは異なる. 一方,Si中のFeの不純物拡散は高速拡散で, かなりの割合のFe原子が格子間原子として固溶していると考えられるが, 拡散係数から判断して格子間Fe原子成分は線幅が広がり1000℃の高温領域では吸収線として観測することは不可能である. したがって, 観測されたシングレットは置換格子位置のFe原子ではないかと考えられる.

図3.14 熱処理過程におけるメスバウアスペクトル
図3.15 降温過程におけるメスバウアスペクトル

図3.16 Si-14at%Feの試料を1100℃から室温までの温度範囲で測定したメスバウアスペクトル

【結晶粒界・転位】メスバウア分光による格子欠陥の研究例の最後に結晶粒界や転位に関する研究の可能性について論じる. 粒界拡散はバルク中の拡散よりも数桁拡散が速いので, プローブ原子を試料表面に蒸着し粒界拡散を利用してプローブ原子を粒界内に拡散させ, 粒界成分を観測した例[28]がある. また, 転位に関する研究はAl中の57Co線源試料を低温で塑性変形を加え, その後の熱処理で出現する欠陥成分について議論した研究がある[29]. 最近. 一軸引っ張り応力下でメスバウア分光測定[30]が可能になったので, 今後, 応力下でのその場観察における研究が進展するものと期待されている.