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研究コラム

河川堤防の危ない場所を見つけ出す現場技術


土木工学科
松本健作 教授

“数十年に一度の大雨”が毎年のように降る日本列島。川の氾濫や土砂災害が多発するようになりました。2004年(平成16年)は特に被害の激しかった年で、7月に新潟・福島豪雨、そして福井豪雨が続き、加えて台風21号(9月)や23号(10月)など10個の台風が上陸したことで土砂災害は2,537件に上ったのです。国土交通省はこの年の7月に、堤防などの河川管理施設を対象にした全国一斉の緊急点検を指示しました。それまでの防災の常識を見直す年となったのです。

緊急点検は翌月中(8月中)を目途に行うようにという指示でしたが、実施した自治体のおよそ半数から「点検箇所が多く、人的な制約や時間的に厳しい」という声が挙がりました。自治体が管理する河川は延べ11万km以上ありますから、その堤防の長さも長大です。点検は原則、堤防区間をすべて目視で確認することとしましたが、自治体のなかには背後地に人家のある区間や重要水防区間に限定して点検した自治体が少なからずありました。それでも全国の自治体は9月中旬までに約4万km(※1)の区間を点検し、修繕などの対策が必要な箇所を見つけました。その数なんと905カ所。自治体の約8割から「予算制約があり十分な対策ができない」というショッキングな回答も一緒に返ってきました。

※1 点検を実施した堤防区間の左右岸の延長の合計

激しく様変わりした自然の猛威に対応できる、財政的に余裕のある自治体は少ない。そしてさらに言えば、少ない人員、少ない予算で河川の点検やメンテナンスを行える現場技術が足りていないこともあぶり出されたのです。

土木工学科の松本健作教授は、土木工学がこうした新たな課題に応えるべきだと言います。松本教授が注目しているのは地中の「流動地下水」です。地下水が比較的速く流れる領域を「水みち」といい、その流れを「流動地下水」、あるいは「パイプ流」と呼びます。流動地下水は往々にして堤防の漏水や山地斜面の地滑りを引き起こすきっかけになりますから、これを簡便な方法で探査/推定できればリスクのある箇所を絞り込むことができるのです。

流動地下水を見つける、そして危ない場所を絞り込む

松本教授は流動地下水について複数の探査/推定アプローチを試みています。

注目した方法の一つは「1m深地温探査」という方法です。これは地表面から1mの深さの温度を測定して周辺と温度が違うゾーンを探る方法で、古くから温泉や地熱開発の分野で利用されていました。温泉ほどではないですが、流動地下水も冬の地中においては温源になりますから、その近くの測定ポイントは地温が異なるのです(夏なら冷熱源)。熟練技術者であれば格子状に設けた複数の測定点のデータや現場の地形などから流動地下水の存在位置を高精度に特定できるそうです。

とはいえ熟練技術者を前提にしていては総延長の長い日本の河川周辺の探査はままなりません。そこで熟練技術者と同じように推定できるアプローチに挑戦しました。画像認識に広く使われる畳み込みニューラルネットワーク(CNN:Convolutional neural network)を使った機械学習システムです。測定データの学習を繰り返すことでシステムの推定精度は高まり、テストしたデータの範囲では熟練技術者に近い推定ができるところまできました。ただし、熟練技術者の推定とは違う点もあり、まだ課題は残っています。
一方、さらなる絞り込み方法にも着手しています。流動地下水のなかでも注視しなくてはいけないのが「河川伏流水」です。河川伏流水とは河川の近くに存在して、河川から浸透した水と混じり合う地下水のこと。一般に、河川の水位が上がるとその流量も増えます。場合によっては地下を流れる限界を超えてしまい、地表に湧き出してしまうこともあります。漏水です。そうなると、たとえ堤防が決壊していなくとも、川の水は人家のある側にあふれ出て大きな被害となるのです。

ですから河川からの流入分が増えている河川伏流水は特に要注意です。松本教授は、河川伏流水の電気伝導度(EC:Electric Conductivity)を測定することでそのリスクの大きさを推定するアプローチを考えました。通常の地下水と河川からの水ではECに違いがあります。桐生川(利根川水系渡良瀬川支川)の堤防付近の2カ所に観測孔を掘り、地下を走る河川伏流水のECを測定しました。観測孔はいずれも川から30mほどの位置にあり、2カ所(上流側と下流側)の観測孔は30mほど離れています。観測孔の内径は5cmで、ここに温度やECなどを計る水質モニター装置を垂らして、6m、あるいは9mといった深度の水を測定しました。

上流側ではある深さを境にECの値が大きく変動しました。そしてそのEC変化帯では、通常では一定値を示すはずのEC値が定まらずに振動し続ける「EC振動」という現象を世界で初めて実測し、その原因が、伏流水の流動場に水質の異なる河川水が局所的に混入し、激しくかく乱するためであることを突き止めました。この局所的に混入する河川水が、堤防決壊リスクとなる「漏水」を引き起こすのです。つまり「EC振動」を検知できれば河川堤防の弱点を見つけ出せるのではないか、というアイデアです。

この方法が現場技術として使えるようになれば、本格的な調査を行うかどうかを判断する一次診断として活用できるでしょう。

今と将来の日本が求める土木工学へ

桐生川堤防付近の観測孔では妙なものが見つかりました。観測孔に防水内視鏡を挿入してPC画面で確認したところ、多種多様な地下水生生物群が映し出されたのです。興味深いことに、上流側と下流側では見つかった生物種の数も個体数そのものも大きく異なっていました。つまり上流側と下流側では、30mしか離れていないにもかかわらず、生物にとっての環境が異なっているのです。「地下水生生物を調べることで地盤特性を推測できないか」。松本教授はそんなアプローチも考えたと言います。

柔軟なアイデアやアプローチには驚かされますが、それは「新しい研究分野を役立つものにしたい」という松本教授の思いがあるからでしょう。土木工学には伝統的な三つの力学分野があります。「土質力学」「構造力学」そして「水理学」です。土質の研究、水理の研究にはそれぞれ歴史があり、基礎となる学問があるのですが、「土」の中の「水」はその境界領域で、「土」の立場から、あるいは「水」の立場からといった別々の視点でこれまでは研究されてきました。ですが川の氾濫や土砂災害がここまで問題となってきた日本では、「土」と「水」の研究者がその垣根を越えて協力し、より深くメカニズムを解明することが強く求められる分野となってきたと言います。
今の日本は社会インフラを新たに作るのではなく、維持管理していくという考え方に切り替わりましたが、その維持管理に要する費用も増え続けています。「技術や研究からの支援・工夫がどうしても必要になってきている」。それは土木工学の分野に身を置く研究者としての使命感なのかもしれません。

本学の土木工学科では松本教授が学科長となります。今、そして将来の土木工学に求められているものを意識した、チャレンジングな学科になる予感がします。

松本健作教授 背後は建設中の土木工学科棟

研究者プロフィール

松本健作 教授
土木工学科

1993年 熊本大学 工学部土木環境工学科卒業
1998年 熊本大学大学院 自然科学研究科環境科学専攻 博士課程修了
1998年 群馬大学工学部 助手
2007年 群馬大学大学院 助教
2021年 現職

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