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研究コラム

地震にも津波にも強い建物を目指して


建築学科
崔琥 教授

地震でブロック塀が倒れ、登校中の児童が亡くなる事故がありました。2018年6月18日に発生した大阪北部地震でのことです。この事故を受け、全国の自治体は助成金を出してブロック塀の撤去を推進しようとしています。

この状況に、建築学科の崔琥教授は多少の違和感を覚えています。「ブロック塀は、指針どおりに造れば倒れません。自治体がお金を使ってブロック塀を撤去しようとしている動きは、個人的には納得できない面があります」。

とはいえブロック塀に問題点があるのも事実。「倒れるのは施行不良があるからです。ブロック塀の施工で特に重要なのは、鉄筋を土台に確実に定着させることですが、鉄筋が土台に入っているか確認するのはかなり難しいです。きちんと施工したという話を信じるしかないのが現状です」。

そこで、崔教授は、施工不良が起きにくい新型の耐震ブロックを考案しました。ブロックは、上の段と下の段で半ブロック分ずらしながら積み上げます。ブロック同士をつなぐのはブロックと同じ材質で出来た「キーブロック」と呼ばれるH型の部品。このキーブロックを、左右、および上下のブロックをつなぐようにはめ込みます。ブロックが、上の段と下の段で互い違いになっていること、そしてキーブロックでブロック全体がつながっていることで、高い耐震性能が得られる仕組みです。

組み上げるのも簡単です。既存のブロックではモルタルでブロック間を埋めていきますが、新型ブロックではモルタルを使いません。モルタルのノウハウがない人でも施工できる手軽さがあるのです。

「モルタルも鉄筋も不要なので誰でも施工できます。基礎コンクリートを打ち、最下段のブロックを半分以上の高さまで埋める必要がありますが、これで十分、優れた耐震性を発揮します。検証のため、高さ2mの塀を造って振動台で実験したところ、既存ブロックの塀は倒れましたが、新型ブロックの塀は倒れませんでした」(崔教授)。

モルタルで接着しないので、ブロックは、ばらして再利用することも可能です。また、モルタルを使わないことは、国際展開でも有利に働く可能性があります。水分の凍結が起こる寒冷地ではモルタルの施工に手間がかかり、ロシアなどでは嫌われています。また、東南アジアでは専門工ではなく住民自らが施工します。水も専門工も必要としない耐震ブロックは、海外でも注目を集めるに違いありません。

耐震を研究テーマに選んだわけ

崔研究室では、耐震ブロックを含め、建築物の耐震性や耐津波性の評価を大きなテーマに掲げています。そこには日本の震災が大きなきっかけとなっているそうです。

「韓国の大学で学んでいたときから、安全で強い建築物を造ることには興味を持っていました。そして、テレビで阪神・淡路大震災を目の当たりにしたときに耐震の研究に進もうと決め、日本に留学することにしました」(崔教授)。

耐震性の評価のための構造実験棟

「東京大学で助教をしているときには東日本大震災がありました。津波によって広い範囲で建物の破壊が起きた映像を見たときに、既存の建築学には、水害に対する知見がほとんどないことに愕然(がくぜん)としたのです。そこで、所属研究室で国の研究費を得て耐津波性の評価に取り組みました。研究成果は国のガイドラインに反映されています。その後、静岡県から要請を受け、国のガイドラインを実際の建物に適用するための耐津波性診断マニュアルも作成しました。2015年の研究成果です」(同)。

2018年に本学に着任した崔准教授が取り組んでいるテーマに、建物の被害評価があります。その中には、スマートフォン(以下、スマホ)を被害評価に利用するというユニークな研究もあります。最近のスマホは、ほとんどの機種に加速度センサーが入っています。そこでスマホを、例えば自宅の1階と2階の壁に貼り付けておけば、地震によって生じた加速度が分かります。この加速度に質量を乗じた値から建物にかかる力(荷重)が分かりますし、また、加速度を2回積分すると動いた距離(つまり建物の変形)が分かります。荷重と変形によって建物がどのくらい損傷したのかが推定できるのです。

最近ではほとんどの人がスマホを持っていますし、新機種に乗り換えると古い機種を売ったり下取りに出したりします。これを手放さず利用できることは経済的でもあります。

この研究は、崔教授が5年前、日本損害保険協会の委員会で思いついたものです。「地震保険の損害評価には全損、半損、一部損の3段階あり、それに応じて保険金が支払われますが、契約者と損保会社の間でもめることが少なくありません。正確なデータがあれば、そうした紛争は減るでしょう。まだ研究は必要ですが、広く使われるシステムにしたいです」と期待を口にしました。近く、学内でスマホによる損害評価システムの実験を始める予定です。

地域ごとに必要な診断と防災力アップを

崔研究室で進めているもう一つの研究は、企業と地域、そして本学の三者で進めている防災力向上の活動です。具体的には、中部電力の支援を得て、袋井市の長溝地域で防災をテーマにしたワークショップを行っています。

「袋井市は一つの自治体ですから、防災活動を行う場合、市全体の活動として進めなければなりません。我々はもっと小さな地区から始めたかったので、2019年前半に地域選定と自治体との交渉などの準備を進め、結果、長溝地域を対象地区としました。2019年9月から2020年2月の間に6回のワークショップを行っています」。

このワークショップでは、
第1回:地震災害について知る
第2回:地域の現状を把握する(まちあるき)
第3回:地域の現状を見える化する(図上訓練、マップ作成)
第4回:地域の課題を抽出し解決方法を検討する
第5回:避難所運営ゲーム(HUG)を実施する
第6回:総括および今後の取り組みについて
というスケジュールで進めています。崔准教授は、「学生も参加し、成果を基にした論文を書く予定です。また、ドローンによる撮影や、国土地理院のデータを基に高低差を含む詳細な地図作成も進めており、研究にもつながりそうです」と期待していました。

このほか、崔研究室では、海外における学校の建物の耐震性評価も進めています。日本の学校はほぼ100%耐震補強が完了していますが、韓国や中国などでは未だ十分な対応が採られていません。そこで、これらの国に出向き、基本的な状況把握を始めています。

一方、日本では津波発生時に住民が避難できる建物が多数選定されていますが、国で定めた津波レベルで倒れないかどうかの診断を実施していない自治体も見受けられます。「一刻も早くこうした診断が実施できるように働きかけていきたいと考えています」(崔教授)と案じていました。

研究者プロフィール

崔琥 教授
建築学科

1994年02月 韓国成均館大学 工学部 建築工学科 卒業
2006年03月 東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 博士課程 修了
2006年04月 JSPS外国人特別研究員
2008年04月 東京大学 生産技術研究所 助教
2018年04月 現職

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