「最強磁石」を超えていく研究(2)

小林久理眞 教授 理工学部 物質生命科学科

磁石のなかで磁力を出す性質があるのは鉄(Fe)やコバルト(Co)、ニッケル(Ni)などの元素です(※6)。これらの含有量が多い材料は強い磁石になる可能性があります。単に多いだけではだめで、磁石になるための結晶構造を持つ必要があります。小林教授が注目したのはレアアースのサマリウム(Sm)と鉄から成るSmFe12という構造です(※7)。

※6 2回目のこの記事では磁性材料の組成を説明するため、元素を元素記号で表記する
※7 組成の割合を示すat%(アトミックパーセント)で見ると、SmFe12の場合、Smが1、Feが12なので、Feの割合は 12/13=92.3 at%となり9割を超える。ちなみにネオジム磁石はネオジム(Nd)、鉄(Fe)、ホウ素(B)から成り、組成はNd2Fe14Bなので、ネオジム磁石におけるFeのat%は14/17=82.4 at%である

「新結晶構造」のすごさ

1-12系と呼ばれるこの結晶構造は鉄(Fe)を多く含むことから有望視されてきましたが構造が不安定でした。そこでSmFe12ではFeの一部をチタン(Ti)で置き換えて安定した構造にしました。組成はSmFe11Ti です。これをベースとなる材料(A)としました。

測定してみると(A)はネオジム磁石ほどの磁力は出ません。磁力の強さの目安となる飽和磁化(※8)を測ると、ネオジム磁石Nd2Fe14Bがおよそ1.60Tであるのに対して、(A)は1.26Tでした(いずれも室温。以下同)。Tiを入れた影響です。(A)の磁力をもっと上げなければなりません。

※8 飽和磁化:強磁性体は、外部磁場をかけると磁化の値が増えていくが、ある値で飽和する。この磁化の値を飽和磁化という。外部磁場を除くと飽和磁化より若干低い磁力が残り、磁石としての性質を示す。磁力(=磁束密度)の単位はT(テスラ)で示すことが多い

磁力を出す性質は、Feだけの組成よりもFeとCoを合わせた組成の方が上がることが分かっていました。そこで試行錯誤の末にFeとCoを75:25の比率で混ぜた材料(B)を作りました。組成はSm(Fe0.75Co0.25)11Tiとなりました。期待したとおり飽和磁化は1.42Tに上がりました。しかし、まだネオジム磁石には負けています。

さらに磁力を上げる方策として、構造安定化のために入れたTiを減らしました。Tiを半分に減らしたところ、飽和磁化は1.58Tまで上がりました。ほぼネオジム磁石に匹敵する値です。これを材料(C)としました。組成はSm(Fe0.75Co0.25)11.5Ti0.5です。

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SmFe12の結晶構造 黒球にSm、白球にFeが入る

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しかし、やはりTiを減らした影響が出てしまいました。構造が不安定になってしまったのです。そこで組成のうちFe側に工夫を加えるのではなく、レアアース側、つまりSm側の一部を入れ替えることで安定化する方策を探りました。その効果は表れました。実験を繰り返し、Smの20%をジルコニウム(Zr)で置き換えた材料(D)にたどり着いたのです。最終的な組成は(Sm0.8Zr0.2)(Fe0.75Co0.25)11.5Ti0.5となりました。(D)では構造の不安定さは少なくなりました。レアアースの割合も下がります。さらにうれしいことに飽和磁化が1.63Tへと上がりました。わずかですがネオジム磁石を上回ったのです。

これが2016年3月に、新聞各紙が取り上げた小林教授グループの発明です。組成には5つの元素が使われていますが、レアアースはSmのみで、その重量%はおよそ15%です。一方、ネオジム磁石のレアアース重量%は約27%で、ジスプロシウム(Dy)を入れた磁石ではさらに上がりますから、今回の新磁性材料はレアアース比率を半減させたといっていい磁性材料なのです。

ここまでの研究の経過を知らず、いきなり(D)の組成を見せられたら「なんだか多くの元素が入っていて細かな数字もあり、なんでこんな組成が出来たのだろう」といぶかしく思うかもしれません。ですが、今見てきたように、これらの元素の組み合わせと細かな数字は、これまでの磁性材料研究の知見をベースにしながら、小林教授たちが何回も試行錯誤と実験を繰り返してきた成果なのです。

ちなみに小林教授たちが検討してきた材料は今回注目したSmFe12だけではありません。実は同じ1-12系結晶構造のNdFe12Nという材料をベースにした組成にも注目し、1.68Tというさらに高い飽和磁化を示す組成も探し当てています。

佐川氏の背中を追って

ネオジム磁石の発明者、佐川氏と小林教授の間には浅からぬ関係があります。

小林教授が企業の研究室に在席していたとき、その成果を佐川氏に評価してもらったことがありました。また企業を辞めてヨーロッパ留学をする際には佐川氏に身元保証人になってもらいました。小林教授は佐川氏を師と仰いでいます。今回の発明は、その師が開発したネオジム磁石の特性を、研究室レベルの成果としては上回ることができました。

しかし、研究室の成果がすぐに産業で利用されるわけではありません。よい磁気特性を持った磁石を経済的に作る方法を開発する必要があるのです。

ネオジム磁石を発明した佐川氏はこれをやってきました。ネオジム磁石の工業化、高性能化、資源問題対処の研究など、産業で活用されるためのさまざまな仕事に携わってきたのです。

小林教授は佐川氏と同じく産業への橋渡しにも貢献したいと、今、磁石作りの研究に取り組んでいます。「たぶん今までのやり方では通用しない」(小林教授)。新しい材料だからこそお手本がない難しさがあると言います。

師の背中はまだ先にあります。

•「最強磁石」を超えていく研究(1) ── 物質生命科学科 小林久理眞 教授

研究者プロフィール

小林久理眞 教授
理工学部 物質生命科学科
1982年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程満了。
1995年 ルイ・ネール磁性研究所(CNRS) 客員研究員。
1996年 静岡理工科大学 助教授(理工学部)。
2005年より現職。
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