【「学生」と「生徒」  人間情報デザイン学科 秋山憲治】

 いつの頃からでしょうか? 大学生が自分たちを「生徒」と自称するようになったのは。「あの先生は生徒が忙しいことを理解してくれる」「カンニングをするのは悪い生徒だ」「授業が難しすぎて生徒にはわからない」という学生たちの会話を、いつの間にか耳にするようになりました。この現象は静岡理工科大学に限ったことではありません。いくつかの大学の先生たちからも同様のことを聞きました。
 大学生が「生徒」!  何か奇妙です。「生徒会」「生徒指導」「男子生徒」「生徒手帳」などなど。これらはいずれも中学や高校の世界で使われる表現です。それに対して、大学生は「学生」ではないのでしょうか。「学生食堂」「学生サークル」「女子学生」「学生相談」などは、大学をはじめ高校卒業以上の学校の世界で使われる表現です。

 学校教育法では、小学生は「児童」、中学生と高校生は「生徒」、それ以上の学校段階では「学生」と呼んでいます。中学生と高校生がなぜ「生徒」に一括されるのかというと、中学校は前期中等教育、高校は後期中等教育であるとおり、どちらも中等教育に当たるからです。一方、小学校は初等教育に当たるので「児童」、大学・短大などは高等教育に当たるので「学生」とされるわけです。

 もっとも日常生活では、「学生」と「生徒」とを厳密に使い分けていないので、大学生たち、特に1年生が「生徒」と自称しても不思議ではありません。しかし一抹の懸念があります。学生たちは大学生になっても自覚に欠けていて、高校生のつもりかもしれない、という懸念です。杞憂に過ぎないのであればよいのですが…。

 というのは、他にも思い当たるフシがあるからです。いくつか例を挙げると、「学校」「部活」「中間テスト」「放課後」がそれです。「学校へ行く」「今日は部活があるから時間が空いていない」「中間テストでひどい成績をとった」「放課後に集まろう」という学生たちの会話を聞くことは珍しくありません。

 大学生は「学校」ではなく「大学」、「部活」ではなく「サークル」という表現を自然に身につけ、大学には「中間テスト」や「放課後」と表現するような実態がそもそも存在しないはずと思っていたので、私にとっては新たな発見でした。

 なぜなら、数十年前の大学生たちは、学生の自主性が重んじられる意味で、高校までの学校と区別して「大学」と呼び、完全な自由意思で参加して活動する意味で、部活と区別して「サークル」と呼んでいたからです。また、前期末と後期末の試験だけで評価されるのは当然で、その成績が悪いのはすべて自分の責任というのが、当時の学生たちの共通認識だったからです。さらに、午前中に空き時間があったり、夜遅くまで大学にいたりするように、曜日によって、その日によって変則的な日々が普通だったからです。

 「学校」「部活」「中間テスト」「放課後」などは、大学生の新しいサブカルチャーの一種でしょうか、それとも「学生」になりきれない姿の現れでしょうか。私は若者文化の研究者ではありませんが、時代の移り変わりを眺めているで、興味が尽きません。