英語の上達を後押しするAI、"妨げる"AI

谷口ジョイ 准教授 情報学部 情報デザイン学科

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情報学部情報デザイン学科 谷口ジョイ 准教授

米カリフォルニア州出身の谷口ジョイ准教授は、第二言語に関わる人や社会の問題に興味があります。例えば、帰国児童は、日本に戻ってから年月が経つと、せっかく海外で獲得した第二言語の能力を失うことがあります。どうすれば保てるのか。あるいは、機械翻訳が進歩した現在、英語のライティングの授業は不要なのか、といった問題です。

2019年4月に本学に着任し、授業ではおもに英語教育を担当している谷口准教授ですが、理工系の先生方や学生に囲まれる環境が刺激的だったのでしょう、さっそく英語の学びをサポートする研究テーマを見つけました。本と読み手の英語レベルが合っているかどうかを判定する、人工知能(AI)を利用したシステムです。

簡単なテストで読み手のボキャブラリーを推定する

この研究は情報学部コンピュータシステム学科の江原遥講師が先行して進めていた研究に谷口准教授が参画し、現在、共同研究として進めているものです。第二言語の文章を読むとき、人は、知っている単語が延べ数で95%以上あればおおよそ意味を読み取れますが、95%未満だと理解できない可能性が高いといわれています。そこで学習者に簡単な語彙テストをしてもらい、そこからその人のボキャブラリーを類推します。そして、読もうとしている文章の95%以上がボキャブラリーにある単語かどうか判定するというシステムです。類推には機械学習というAIの技術を使います。

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理解できる文かどうか推定するシステムの説明
学習者が知らないと思われる単語がピンク色に表示される(資料提供:江原遥講師)

「学生には読解力を身につけるために多読を勧めているのですが、本を選ぶとき、なんとなくタイトルや表紙で選んでしまって、結局、読めずにあきらめてしまうケースがあるのです」(谷口准教授)。そうしたときに適切な本を推薦できるこのシステムは、学生にとってうれしいシステムとなるでしょう。

また、このシステムはいろいろな展開も考えられます。例えば、読書中に知らない(と類推される)単語が出てきたらその意味を示してあげるのです。そうすれば、少し難しい本にも挑戦する気になりますし、単語の知識も増えていきます。

専門分野の本はどうでしょう。専門書は、専門用語を知っていると意外と読めてしまうものです。そこで類推単語の範囲を専門用語にまで広げるよう語彙テストに修正を加えます。そうすれば、読もうとしている専門書がスムーズに読めるかどうか判断できるようになるでしょう。「理工系の学生の場合は、サイエンス系の単語は知っているのに、一般の単語力が不足しているケースがあります。そうした学生の興味関心に沿った本を推薦できるといいですよね」(谷口准教授)。

日本の企業や大学では、TOEICやTOEFL(※1)を目指して勉強する人も多くいます。TOEICを受験する人は、日本の場合、ほとんどが Listening & Reading Test を受けます。読解力は重要な評価ポイントなのです。「推薦した本を多読することでTOEICなどの試験の成績にどのような影響が出るのか。興味がありますし、研究したいです」と谷口准教授は意気込みます。

※1 TOEICやTOEFL:ともに米国の非営利団体である教育試験サービス(Educational Testing Service; ETS)が主催する英語能力の測定テスト。TOEICはTest of English for International Communicationの略称で、通称トーイック。英語によるコミュニケーションとビジネス能力を検定する。TOEFLはTest of English as a Foreign Languageの略称で、通称トーフル。英語圏の大学へ留学・研究を希望する者を主な対象とした英語能力テスト

AIの進歩で学習意欲がなくなる?

機械翻訳が進み、英語のライティングの勉強が不要になる、という問題はどうでしょう。最近はかなり自然な訳文を返してくれる機械翻訳がネットで利用できます。近い将来、英語のライティングの勉強をしない人が増えるのでないかと想像してしまいそうです。

ところがライティングの授業の現場には別の問題がありました。翻訳に取りかかる前の問題です。何を言いたいのか分からない英文が提出されたので、学生に聞いてみると、元の日本語が整理されていないのです。また、文章構成の問題もあります。英語の場合、まず主張したいことを言い、次にそれを補足する事例を挙げて、最後に改めて主張をまとめるという構成が一般的です。それが伝わりやすい文章構成なのですが、そうなっていない日本語だと、英語にしたときに、最後まで読まないと言いたいことが分からない文章になったりするのです。

こうした傾向は本学に限ったことではなく、また日本人に限ったことでもないようです。谷口准教授は海外から日本にきた留学生に、日本語で学術的な文章を書くときに困難を感じる点についてインタビューしたことがあります。そして多くの留学生が、「てにをは」のような“ミクロ”な問題よりも、文章の内容、全体的な構成、導入部分や結論部分の書き方といった“マクロ”な面で困難を感じていることを静岡産業大学の谷口正昭教授との共著論文で明らかにしています。

ちなみに、このインタビューに協力した留学生のなかには、ネットの機械翻訳を利用したり、日本の友人にLINEで聞いたり、人によってはSNSを介してまったく知らない人に回答を求めたりした学生がいました。“ネット翻訳”の利用は進んでいるのです。それでもマクロの問題が解決されていないと、やはり良い日本語文章にはならないようです。
「英作文では、ともすると良い文章や論文といった成果物(プロダクト)が出来ればいい、そのため指導者は、文法や語彙の誤りを指摘したり添削したりして完成度を高めることに注力するという方向になりがちです。ですがマクロの問題は、添削ではなかなか指導できません。私は学生一人一人に、どんな問題を抱えているのか聞いて指導するようにしています。授業の目標は、良い書き手を育てることだと思っています」。

AIが進んだとしても学生が身に付けるべき能力を見極めて育てたいという教育者の顔、一方でAIの技術を積極的に利用して研究を進める研究者としての顔。谷口准教授には二つの顔がありますが、AIと人との関係を適切に見極めようという眼は、どちらの顔も備えているようです。

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研究者プロフィール

谷口ジョイ 准教授
情報学部 情報デザイン学科
1998年 横浜国立大学 教育学部 中学校教員養成課程数学専攻卒
2012年 メルボルン大学大学院 留学
2014年 東京大学大学院 総合文化研究科 言語情報科学専攻 博士課程満期退学
2014年 静岡英和学院大学 人間社会学部 講師
2017年 同 准教授
2017年 東京大学大学院 総合文化研究科 言語情報科学専攻 博士号取得
2019年 現職
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牧野育代 准教授 理工学部 機械工学科